舟越保武「聖クララ」リトグラフ 1984年 9/170部 本人サイン
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舟越保武「聖クララ」リトグラフ 1984年 9/170部 本人サイン

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額縁外寸800×650cm 作品部分510×420mm 段ボールのケースはそれなりに使用感があります。黄袋が付属しませんので、ご希望ならケースと併せて製作承ります。(別途実費1万円程度) 1912 岩手県生まれ 1938 国画会賞 1939 東京美術学校彫刻科を卒業    新制作派協会彫刻部創設に参加 1950 カトリックの洗礼をうける 1962 「長崎26殉教者記念像」完成 第5回高村光太郎賞 1967 東京芸術大学教授となる 1968 秋田県田沢湖に「たつこ像」完成 1971 「原の城」をロ一マ法王に寄贈 1972 第3回中原悌二郎賞 1973 ローマ法王より    台聖グレゴリオ騎士団長勲章を受ける 1977 釧路市幣舞橋橋上に「道東の四季・春」制作    同作品により長谷川仁記念賞 1978 芸術選奨文部大臣賞 1981 多摩美術大学教授となる 1984 勲四等旭日小綬章受章 1999 文化功労者 2002 逝去  戦後の日本を代表する彫刻家。新制作協会彫刻部創立メンバー。1912年岩手県で熱心なカトリック信者であった父のもとに生まれる。  県立盛岡中学校在学中に高村光太郎の訳した「ロダンの言葉」に深い感銘を受け、彫刻家を志した。東京美術学校時代に出会った彫刻家・佐藤忠良とは終世の友情を結ぶとともに、二人で戦後の日本彫刻界をけん引していった。また県立盛岡中学校では、のちの洋画家松本竣介と同期で、二人の交友も23年の竣介の死まで続いた。東京美術学校卒業後、大理石の彫刻をはじめ、数々の作品を発表して注目される。なかでも聖女像などキリスト教信仰やキリシタンの受難を題材とした制作では他の追随をゆるさないほどであった。1967年から東京藝術大学教授を勤め多くの彫刻家を育てた。船越桂は次男。  1987年に脳梗塞で倒れ右半身が不自由となった後すぐにリハビリを始め、死の直前まで左手で創作を続けた。